「今日、俺が子ども風呂入れたよ」
うん。
じゃあ、そのあと誰がやった?
体を拭く。
保湿する。
オムツを履かせる。
パジャマを着せる。
髪を乾かす。
使ったタオルを片づける。
もし風呂から上がった瞬間に妻へ子どもを渡しているなら、ちょっと待て。
お前の「風呂担当」、浴槽で終わってないか。
風呂は「入れる」だけじゃ終わらない
子どもとのお風呂って、湯船に入って洗えば終了じゃない。
むしろ小さい子どもは、出てからもやることが続く。
裸のまま走る。
パジャマを嫌がる。
髪を乾かそうとすると逃げる。
こっちが服を着る暇もない。
その一連を誰かがやって、やっと次の生活に戻れる。
なのに、
パパが入浴担当。
ママが風呂上がり担当。
という形になっていると、パパ側は「風呂は俺がやってる」と感じやすい。
でも妻側から見れば、毎回スタンバイして受け取って、その後を全部やっているかもしれない。
どっちが大変かを競いたいわけじゃない。
担当の切れ目を、自分に都合のいい場所に置くなって話だ。
「二人でやった方が早い」はもちろんある
子どもが二人いる。
まだ赤ちゃんで目を離せない。
兄弟を順番に入れる。
そういう家庭なら、夫婦で受け渡した方が圧倒的に回しやすいこともある。
それならそれでいい。
問題は、二人でやることじゃない。
受け取った妻の仕事を、最初から存在しないものとして数えること。
「俺が風呂やったから、今日は育児やった」
じゃなくて、
「俺が中をやるから、外お願い」
と分かって分担しているなら話は全然違う。
準備からやると、見えるものが変わる
一回、最初から最後まで一人でやってみろ。
風呂に入る前に、パジャマはどこにある?
オムツはある?
タオルは?
必要な保湿剤は?
上がったあと、どこで着替えさせる?
髪を乾かしたあと、濡れたタオルはどうする?
毎日やっている人には当たり前でも、やっていないと意外と分からない。
そこで初めて、
「風呂入れるだけならできる」
と
「風呂を任せられる」
の違いが見えてくる。
分からないなら聞いていい。でも次は覚えろ
最初から全部知っている必要はない。
保湿のやり方や、子どものいつものパジャマが分からないなら聞けばいい。
ただ、毎日同じことを聞くな。
一回聞いたら覚える。
置き場所を見る。
次から自分で準備する。
それが「手伝う」から「担当する」に変わるところだ。
パパになるお前らへ
子どもを洗った。
湯船にも入れた。
いっぱい遊んだ。
それはちゃんと育児だ。
でも、風呂場のドアを開けた瞬間に、残り全部を妻へ渡しているなら、まだ途中だ。
今夜は一回、最後までやってみろ。
入る前に必要な物をそろえる。
風呂に入れる。
拭く。
必要なケアをする。
パジャマを着せる。
髪を乾かす。
片づける。
「風呂入れた」じゃなく、「風呂、終わらせた」までやれ。